■2021(令和3)年7月23日(金・スポーツの日) 晴
コロナ禍の中で、1年遅れの東京オリンピックが開幕しました。
東京は新型コロナウイルスの感染拡大で緊急事態宣言の真っ只中。
首都圏の競技会場では無観客、開会式も関係者のみで開催です。
無観客開催を妥当だとする人もいれば、開催中止を求める人もいます。
過去のオリンピックでも、国際政治の対立の場になったりしたこともありましたが、それらは人間の作為による問題でした。しかし、今回は、疫病という人間の力の及ばない力によるものです。それも、一部の国や大陸の限られたものではなく、全世界・地球規模の問題です。
海外からウイルスが持ち込まれ、さらなる感染拡大を招くのではないかとの懸念もあります。
1964年(昭和39年)の東京オリンピックのとき、私は6歳の小学生でした。それから57年の時を経て、日本で2回目の開催です。
オリンピック憲章には、
「2. オリンピズムの目的は、 人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会の推進を目指すために、人類の調和のとれた発展にスポーツを役立てることである。
3. スポーツをすることは人権の 1 つである。すべての個人はいかなる種類の差別も受けることなく、オリンピック精神に基づき、スポーツをする機会を与えられなければならない。オリンピック精神においては友情、連帯、フェアプレーの精神とともに相互理解が求められる。」
とあります。
賛否両論ありますが、どんな形であれ、開催することに意義はあると、私は思います。
各国の選手たちは新型コロナウイルスの猛威と戦いながら、心身の健康維持と限られた環境でのトレーニングを積み重ね、競技力向上に取り組んできました。そして、葛藤の中、日本・東京に集ってくれたのです。その選手たちへの敬意と称賛だけは、ホスト国として忘れないでいたいものです。