◆2022(令和4)年3月27日(日) 晴
豊橋鉄道田口線は、新城市(廃線当時は南設楽郡鳳来町)の本長篠駅(開業時は鳳来寺口駅)から北設楽郡設楽町の三河田口駅までの22kmを結んでいました。木材輸送を目的として1929年(昭和4年)に一部区間が、1932年(昭和7年)に全線が開業し、通勤通学や観光、郵便物や新聞の搬送、生鮮食料品や木材等の物流など、奥三河地方の足となり文化と産業の発展に大きく貢献しました。
しかし、過疎化とモータリゼーションの波押され、1968年(昭和43年)に全線が廃止されました。
2014年(平成26年)5月31日に、この廃線跡を辿りながらの探訪あいちを実施しました。今回は、54年前まで山間の地域の人と林業を支え、今は廃線となった田口線跡を再び訪れるサイクリングです。
輪行での参加も考慮し、田口線の発着駅であった本長篠駅をスタート・ゴール地点としましたが、参加者4人は全員が車で来られました。しかも、皆さんいずれも62歳から64歳。きれいに年配者が揃ったものです。
バラクーダさんはクロモリのMBK。私が若い頃はよく見たフランスのブランドですが、最近は見かけなくなりました。しかもコンポーネントは古いカンパニョーロ。リアは6速しかありません。中古で買ったそうです。壊れるといけないので調整できないと、ショップで言われたとのこと。珍しくて興味をそそられました。
<黄柳橋>
本長篠駅の南、黄柳川(つげがわ)に新旧2本の黄柳橋が架かっています。新しい橋は主要地方道で車が行き来していますが、古い橋は人道橋となっています。
旧黄柳橋は、大正7年(1918年)に竣工した鉄筋コンクリート造のアーチ橋で、平成10年(1998年)に登録有形文化財に指定されました。
新旧の橋の間にある階段を降りると、井桁状になっているアートを見上げることができます。
この橋を設計した一人が、愛知県出身の俳優・舘ひろしさんの祖父である舘喜八郎氏です。
<河津の桜並木>
本長篠駅からの線路跡に植えられているのが、河津の桜です。残念ながら、ほとんど葉桜となっていました。もしピンクの花が残っていたら、田口線のトンネルから覗く桜並木は絵になります。
<三河大草駅跡>
県道を離れ、田舎道を上ったところにトンネルがあります。これを通り抜けると、廃墟となったプラットフォームが残っています。それがかつての三河大草駅でした。
「田口線廃線50年」の幟が3本立っている以外は、森の中の静けさが漂っています。
県道からは随分と離れています。当時の人たちは駅まで山道を歩いて上ってきたのです。
ホームに立って、サラリーマンか学生になった気分で、トンネルの向こうからやってくる電車を頭に描いてみる。当時の様子を想像してみるのも一興です。
ところで、つい先日、3月19日(土)に放送された中京テレビ『推し匠さんの幻ツアー』の「廃墟ツアー」で、三河大草駅跡が紹介されました。
余談ですが、同番組では、まもなく閉業し、廃墟になってしまう可能性のある喫茶店として、名鉄堀田駅高架下にある「AROZA(アローザ)」も紹介されました。実際、この4月1日をもって、耐震工事のため、この喫茶店を始め入居しているすべての店が閉店します。私が毎日通勤に使っている駅ですので、寂しくなります。
<鳳来寺駅跡、旧門谷小学校>
往路一番の坂を登り切ったところが「峰」バス停。一気に下って左折。さらに下り坂を進むと、鳳来寺山への入口です。ここにかつて鳳来寺駅がありました。今は何も痕跡は残っておらず、説明板があるだけです。
鳳来寺に向かって緩い坂道を進むと、閉校になった鳳来寺高校の隣に旧門谷小学校が佇んでいます。
大正14年(1925年)に建てられた木造の校舎は、映画に出てきそうな雰囲気が漂っています。実際、NHK朝のテレビドラマ『エール』のロケにも使われました。さらに、NHK・BS『こころ旅』で火野正平さんも訪れ、校庭前の橋の上でお手紙を読みました。この日は門が開いていて校庭に入ることができました。校舎内にはどうも予約しないと入れないようですが、正面玄関の前で写真を撮ることができました。
昭和45年(1970年)に廃校になった後、壊されずに今まで保存されてきたものだと感激します。ノスタルジーを存分に感じることができる建物です。
<川売梅の里>
生活道路として残っている双瀬隧道を抜け、県道から離れて坂道を上ります。
川売(かおれ)の梅は最盛期を過ぎ、花が落ちて、ピンクと白い花は色あせていました。梅の時期だけ開く臨時売店も閉店していました。鑑賞者は数人いただけです。
ここには、南高をはじめとした7品種の梅が山間の傾斜地に約1500本植えられています。もし、満開であれば、その風景は桃源郷といえるような絶景だったでしょう。
河津の桜並木も川売梅の里も、もう1週間、早く来ることができれば、見ごろの桜と梅が同時に見られたのにと思うと、コロナ禍が恨めしいです。
<滝上駅跡>
稲目トンネルの手前、県道沿いの民家の脇の土手を上がったところが、かつての滝上(たきうえ)駅です。三河大草駅跡と同じように、ホームだけが残っています。線路に敷いてあった石、通称「バラスト」もたくさん残っています。
県道沿いには線路が通っていた土手の石垣も残っています。でも、三河大草駅ほど脚光を浴びていないのが少し不思議です。
<田峯駅跡>
およそ1.5kmの長いトンネルを通ります。田口線が走っていたトンネルは、今は県道のトンネルになっています。交通量が結構あるので、安全第一で歩道を走ります。幅が狭いため、壁やガードレールに接触しないよう、ゆっくりペダルを漕ぎます。
トンネルを無事通過すると、設楽町です。そして田峯駅跡があります。しかし、駅の痕跡は何もありません。使われなくなったトンネルだけが残っています。電車がギリギリ通れるような狭さです。
この先の三叉路から国道257号になります。道は幅も広くなり、寒狭川(かんさがわ)を右手に見ながら快適に走れます。
橋を渡り、トンネルを通過すると、道の駅です。
<道の駅したら>
道の駅したらは2021年(令和3年)5月にオープンした新しい道の駅です。
まずは、腹ごしらえ。
『清嶺食堂』は、正午前とあってかなり混雑していましたが、4人掛けのテーブルに座ることができました。
私は試走の時に「森の恵みまぜそば」を食べたので、今日は愛知県産の鮎フライ定食(税込み900円)を注文しました。鮎の塩焼きは何度か食べたことがありますが、鮎のフライは初めてです。まるごとフライにしているので、頭から、骨、尻尾まで全部食べられます。これが3尾あるのでボリュームは十分です。
道の駅には設楽町奥三河郷土館が併設されています。道の駅の施設よりもこちらの方が立派です。というのも、この資料館の建設の方がメインで、道の駅は後から付け加えられたとのことだそうです。館内には奥三河の郷土文化、設楽の豊かな自然やそこに暮らす生物たちのことなどが展示されています。
私が前回探訪あいちを実施したときは、この郷土館は設楽町中心部の田口にありました。それが移転してリニューアルオープンした訳です。
敷地内には田口線で使用された電車(モハ14)が静態保存され、車両内は田口線の歴史を紹介する展示室となっています。
<清崎駅跡>
ランチ後、道の駅のすぐ近くの清崎駅跡に立ち寄ります。
立て看板があるだけで駅の痕跡は何もありません。8年前は次駅の終着駅である三河田口駅まで行きましたが、設楽ダム工事のため、豊川(寒狭川)沿いの廃線跡と三河田口駅跡は立ち入りできなくなりました。
ここで折り返し、来た道を戻ります。
<木下しだれ梅園>
帰路、県道32号線沿いにある、木下しだれ梅園に寄ってみました。ここは木下さんご夫妻の個人所有で、ご夫妻で剪定などのお手入れをされています。が、川売と同様、既に花はほとんどなく、『木下しだれ梅園』の看板は外され簡易トイレもなくなっていました。
帰り道は下り基調ですので、往路に比べればすごく楽です。天候にも恵まれ、1時間ほどの快適なライドで本長篠駅に到着しました。
参加者の皆様、遠路はるばる奥三河まで来てくださり、ありがとうございました。
【サイクリングコース】
JR飯田線・本長篠駅(午前8時50分) → 黄柳橋 → 河津の桜並木 → 県道32号線〔伊那街道〕 → 三河大草駅跡 → 峰 → 鳳来寺駅跡、旧門谷小学校 → 鳳来寺小学校 →〔自転車歩行者専用道〕→ 玖老勢 → 川売梅の里 → 滝上駅跡 → 稲目トンネル → 田峰駅跡 → 国道257号線 → 道の駅したら・奥三河郷土館[昼食][見学] → 清崎駅跡 → <折り返し> → 木下しだれ梅園 → JR本長篠駅・解散(午後1時30分)
距離:46km
所要時間:4時間40分
【参加者】
コシダさん、deepportさん、バラクーダ(うえだ)さん、幹事(まつぼっクリ) 計4人
【PS】
解散後、新城総合運動公園に車で移動し、自転車で通称「新城のナイアガラの滝」に行きました。公園からは2km程です。現地には民宿花の木公園の有料駐車場しかありません。自転車だと停める場所を気にすることなく、ある程度の距離を自在に移動できるのがメリットです。
本場ナイアガラの滝(カナダ滝)は幅675m、落差56mもあります。こちらの幅は100mほどなので規模は比べものになりませんが、前日の雨の影響もあってか、水量が豊富で迫力がありました。対岸に立っていても水しぶきを浴びるくらいです。
正式には「長篠堰堤(ながしのえんてい)」と言うダムです。人工なのに、そのダイナミックな水流は天然の滝のような趣もあります。
愛知県にこんな美しい堰堤があったとは驚きです。