◆2020(令和2)年6月14日(日) 雨
現在の自転車は、どこの国のどのブランドも、エントリーモデルは中国、ミドルレンジの一部やハイグレードモデルは台湾で生産となっているのがほとんどのようです。
自転車ブランドと言えば、そのほとんどが欧米先進国のものです。
イタリアのコルナゴ、ビアンキ、ジオス、デローザ、チネリ、ピナレロ、ウィリエール、フランスのルック、タイム、ドイツのフェルト、フォーカス、ベルギーのエディメルクス、リドレー、アメリカのキャノンデール、スペシャライズド、トレック、スコット、などなど。
なかでも、イタリアブランドのロードバイクは、圧倒的な歴史と伝統、そして存在感があります。
「イタリアブランド」といえば、ファッション界では際立っています。グッチ、アルマーニ、プラダなどのラグジュアリーブランドです。また、車ならフェラーリ、アルファロメオ、マセラティなどの高級車を頭に思い浮かべると思います。
これらのハイブランドには、伝統を重んじながら現代に通じるものをイタリア職人の手で形にする「本物志向」のイメージがあります。そこに「made in Italy」が想起させるブランド力の強さがありました。
しかし、21世紀になってから、イタリアの製造業は、高い人件費や内需の低迷、東欧諸国やトルコなど低コスト国、また、遠く極東の国々との競争などで苦しみ、急速に衰えています。
「made in Italy」の衰退とともにイタリアブランドの力もかつてほどではなくなりつつあります。
自転車産業においても例外ではありません。
イタリアの職人技が生きたスチールフレームが主流だった時代から、アルミやチタン、そしてカーボンと新しい素材が出てくると、技術力は他国のメーカーに取って代わられていきました。
ロードバイクを国内で生産しても採算が取れない状況になると、台湾へ、そして中国や東南アジアへの生産委託が始まりました。
アルミの性能を引き出すフレームの製造はGIANTが得意としているし、カーボンの成型は手間と人件費がかかるため中国や東南アジアの国々で行われています。イタリアンバイクが技術力や性能で他国より優れているとは言えなくなってしまいました。
おそらく、製造技術や品質管理において世界で最も優れているのは、GIANTやMERIDAなどの台湾メーカーでしょう。
現在のイタリアの自転車メーカーで自国での生産を行っているのはごく僅かです。私が知っている限り、コルナゴのごく一部の上位機種やトッマジー二などスチールフレームのメーカーぐらいではないでしょうか。
冒頭でブランド名を並べた老舗メーカーもイタリア製産から撤退し、もはや「ブランド」という看板しか残っていません。物を作っていないのですから、メーカーとは言えないでしょう。
製造拠点の極東化と委託生産が進み、イタリア国内での工房や工場が閉鎖されていくと、たとえば、ビアンキの唯一無二のチェレステカラーだったり、ジオスブルーだったり、コルナゴの職人による美しい塗装だったり、チネリの独創性だったり、デローザの丁寧なフレーム作りだったりと、それぞれのブランドが持つ価値・世界観・希少性は、発揮できなくなります。性能や技術といった頭で理解するものを越えて心に直接訴えかけてくる価値は、自社所有の生産拠点において熟練の職人がつくり上げたものからでしか生み出すことはできないと思います。(コルナゴではフレーム成型はアジアで行って、塗装は本国イタリアで行っているという話も聞きますが、自動車と違って自転車の製造はブラックボックスなので真偽の程は定かではありません。)
例えが適切かどうかわかりませんが、名古屋の有松絞は有松の地で作られるからこそ、有松絞となります。常滑焼は常滑の地で作られるからこそ、常滑焼となります。
作り手・職人の国籍は問いません。中国人であろうと、ロシア人であろうと、アメリカ人であろうと、その地において技能や知識を習得し、歴史と伝統を体得して、そのものを作ることができればよいのです。
しかしながら、経済社会の趨勢の中で、イタリア製自転車が復活することは、おそらく起こり得ないでしょう。一度手放したものづくりの技術・技能、ノウハウ、そして積み重ねてきた伝統は、簡単に復元できませんし、コスト的に無理だからです。
ただし、イタリアという国自体のブランド力だけは、これから先も影響力を持ち存続していくものと思われます。たとえ台湾や中国製のイタリアブランドであっても、台湾や中国の新興ブランドを凌駕する魅力と価値を持っているからです。