●2016(平成28)年1月30日(土) 曇ときどき晴
義母が亡くなったのは、2006(平成18)年2月3日(金)午後2時52分のことでした。
臨終のその瞬間にぎりぎりで間に合いました。あと10秒か20秒遅れていたら、立ち会えませんでした。
「もう危ない」
すぐに娘を迎えに小学校に急ぎました。学校に電話を入れ、職員室で待っているようにお願いしました。娘は算数のテスト中だったようです。
病院の手前で踏切に遮断されてしまいました。よりによってこんな時に‥‥。妻から携帯へ「早く!」の連絡。病院へ駆け込んでエレベーターに乗ったら、途中で降りる患者が2組も。焦りながら、病室に駆け込みました。
「早く、おばあちゃんの手を握って!」
娘と私は義母の手に触れました。それからすぐに義母の息は途絶えました。
享年71歳。今の時代では、少し若かったと思います。
義母はもしかしたら平成元年に死んでいたかもしれない人でした。大腸ガンを乗り越え、脳梗塞で倒れても奇跡的に命を取り留めた、不死鳥のような人でした。
私が妻と出会ったとき、義母は既に脳梗塞の後遺症で体が不自由でした。ですから、私は、元気なときの義母の姿を知りません。面倒見の良い、快活な人だったと聞いています。
それから7年後の2013(平成25)年1月29日に義父が亡くなりました。もう1週間遅ければ、夫婦で命日が同じになったのですが。
義母の逝去からちょうど10年。今日、妻とともに、義父母が眠るお墓に行って参りました。